復興ボランティアツアー“甘ボラ”
2013年 03月 07日
もうすぐ東日本大震災が発生して丸二年。
これまで募金することはあっても、震災被害に対し直接何かをお手伝いすることがありませんでしたが、
転職先の入社日まで時間が空くこともあり、東北地方への復興ボランティアに参加することを急遽決めました。
今回の復興ボランティアツアーで赴いたのは宮城県は山元町。福島県相馬市の北方に位置します。
(下の写真は震災直後の山元町の様子/インターネットより)
ボランティアとして派遣された先は元々民家やイチゴ農園(ハウス)が多く点在する地域だったようですが
二年前の3月11日にその多くは津波に飲まれ、全壊もしくは修復不能な家屋は今ではほとんど跡形もありません。
今回のボランティアの作業内容は土中にあるガラス片やビニールその他瓦礫を振るいにかけて仕分けることでした。
今では更地となった活動場所の後方に見える、傾きかけた樹々は津波の威力によるもの。
また写真右手後方に見える白煙を上げる工場は、ちょうど一年前に建立された瓦礫処理プラントとのこと。
今回の復興ボランティアツアーへご一緒させていただいたのは男性8名、女性10名の計18名。
幾度とボランティア活動に参加された方の話しを聞くと、昨年の同時期のツアーの参加者は約60名ほど。
この一年で復興ボランティアに参加する人の数は顕著に減っているという。
瓦礫の仕分け作業の合間に地元の方から激うまのイチゴ“桃薫(とうくん)”の差し入れもあり。
この桃薫、読んで字の如し。見た目はイチゴ、味は桃とイチゴを足して二で割ったような甘み。正に高級な味わい!
汗と埃にまみれながらの、お昼に用意されたお弁当の味は格別。お弁当も地元の方が用意してくれました。
多くのボランティアによって瓦礫を除去される荒涼とした大地。
しかしここは基本的に民家やイチゴ農園が再び建てられることはないという。桑の実畑になるのだそうだ。
活動場所の脇にとり残された、震災の傷跡が生々しい建屋。
その建屋の内部。
短い言葉では表現しきれないほど、多くのものを訴えかけてきます。
午後も一汗かいたところで本日の作業終了。
あれから二年。まだまだ気の遠くなるようなボランティア活動が必要なことをまざまざと痛感させられました。
さてボランティア活動後参加者一行には、震災から立ち直りつつある農園でのイチゴ狩りが待っていました。
イチゴ狩りという嬉しいおまけ付きのボランティア。題して“甘(かん)ボラ”!
疲れた身体を癒してくれる30分食べ放題のイチゴはとちおとめ。
桃薫とは違い甘さと酸っぱさが混じり合った王道のイチゴ。それでもコンデンスミルク不要の甘さです。
七百を超す尊い命が一瞬にして津波により奪い去られた宮城県山元町。
復興という言葉にはまだまだ程遠い状態ではあるけれど、確実に一歩を踏み出した人々がそこにいました。
自然災害という理不尽に屈することなく逞しく生きる人々の姿に、逆に励まされるボランティア活動となりました。
※撮影した写真は現地のボランティアスタッフの方から許可を得られた範囲内のものを掲載しております。
これまで募金することはあっても、震災被害に対し直接何かをお手伝いすることがありませんでしたが、
転職先の入社日まで時間が空くこともあり、東北地方への復興ボランティアに参加することを急遽決めました。
今回の復興ボランティアツアーで赴いたのは宮城県は山元町。福島県相馬市の北方に位置します。
(下の写真は震災直後の山元町の様子/インターネットより)
ボランティアとして派遣された先は元々民家やイチゴ農園(ハウス)が多く点在する地域だったようですが
二年前の3月11日にその多くは津波に飲まれ、全壊もしくは修復不能な家屋は今ではほとんど跡形もありません。
今回のボランティアの作業内容は土中にあるガラス片やビニールその他瓦礫を振るいにかけて仕分けることでした。
今では更地となった活動場所の後方に見える、傾きかけた樹々は津波の威力によるもの。
また写真右手後方に見える白煙を上げる工場は、ちょうど一年前に建立された瓦礫処理プラントとのこと。
今回の復興ボランティアツアーへご一緒させていただいたのは男性8名、女性10名の計18名。
幾度とボランティア活動に参加された方の話しを聞くと、昨年の同時期のツアーの参加者は約60名ほど。
この一年で復興ボランティアに参加する人の数は顕著に減っているという。
瓦礫の仕分け作業の合間に地元の方から激うまのイチゴ“桃薫(とうくん)”の差し入れもあり。
この桃薫、読んで字の如し。見た目はイチゴ、味は桃とイチゴを足して二で割ったような甘み。正に高級な味わい!
汗と埃にまみれながらの、お昼に用意されたお弁当の味は格別。お弁当も地元の方が用意してくれました。
多くのボランティアによって瓦礫を除去される荒涼とした大地。
しかしここは基本的に民家やイチゴ農園が再び建てられることはないという。桑の実畑になるのだそうだ。
活動場所の脇にとり残された、震災の傷跡が生々しい建屋。
その建屋の内部。
短い言葉では表現しきれないほど、多くのものを訴えかけてきます。
午後も一汗かいたところで本日の作業終了。
あれから二年。まだまだ気の遠くなるようなボランティア活動が必要なことをまざまざと痛感させられました。
さてボランティア活動後参加者一行には、震災から立ち直りつつある農園でのイチゴ狩りが待っていました。
イチゴ狩りという嬉しいおまけ付きのボランティア。題して“甘(かん)ボラ”!
疲れた身体を癒してくれる30分食べ放題のイチゴはとちおとめ。
桃薫とは違い甘さと酸っぱさが混じり合った王道のイチゴ。それでもコンデンスミルク不要の甘さです。
七百を超す尊い命が一瞬にして津波により奪い去られた宮城県山元町。
復興という言葉にはまだまだ程遠い状態ではあるけれど、確実に一歩を踏み出した人々がそこにいました。
自然災害という理不尽に屈することなく逞しく生きる人々の姿に、逆に励まされるボランティア活動となりました。
※撮影した写真は現地のボランティアスタッフの方から許可を得られた範囲内のものを掲載しております。
by shibakoharu
| 2013-03-07 23:30
| Day Trip